ラグビーワールドカップ観戦記
〜我々はいかにして2大会連続世界のテレビに登場したか〜

 written by 広沢友也 先生


〜その1

 1999年ウェールズでのラグビーW杯で藤原豊先生(H11年卒)、広沢(H14年卒)、二村(H15年卒)が世界のテレビに登場して4年。2003年オーストラリアで行われた第5回ラグビーW杯でジャパンを応援すべく、そして2大会連続世界のテレビに映るべく、名大医学部ラグビー部OBから亀倉先生(H6年卒)、伊藤先生(H12年卒)、広沢、二村、牛田(H15年卒)、石井(H15年卒)の6名でオーストラリアはタウンズビルに観戦に行ってきました。現役部員は東海学生リーグBリーグの激闘の真っ最中のため残念ながら不参加。しかし初めてBリーグで戦ったこのシーズン、見事8チーム中6位に輝きました!すごいぞ!!



 10月10日(金)夜、亀倉先生を除く5人はそれぞれの勤務先から名古屋空港で集合し、飛行機が数時間遅れるトラブルに巻き込まれながらも豪州へ飛び立ちました。翌11日(土)早朝にケアンズ空港に到着。飛行機が遅れたため前回1999年W杯の時の広沢&二村のように会えないんじゃないかと心配しましたが、東京から来た亀倉先生と無事合流できました。国内線の乗り換えロビーでは宿沢元日本代表監督や上田昭夫慶応大学総監督がみえたので記念撮影。そしてプロペラ機で1時間、日本戦開催地のタウンズビルへ。ちなみに広沢が宿沢さんの隣の席で、牛田が上田さんの隣の席でした。日本の練習を見に行こうかと上田さんに練習場所を聞いたけど、非公開とゆうことで教えてもらえませんでした。



 タクシーでホテルに向かいとりあえず海へ。タウンズビルは1年のうち300日が晴れとゆう素晴らしい気候で10月のこの日も快晴。ビーチへ歩く5分の間にも地元の人たちが「コンニチハ、ワールドカップに来たの?」とフレンドリーで、早くもこの小さい街全体に漂うW杯歓迎ムードと天気の良さに来てよかったと実感。ぱちゃぱちゃと少し泳いだ後、街へ。
   




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